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高松高等裁判所 昭和56年(行タ)1号 決定 1982年5月31日

申立人(控訴人)

川口寛之

外三〇名

右三一名訴訟代理人

新谷勇人

井門忠士

石川寛俊

外二四名

相手方(被控訴人)

通商産業大臣

安倍晋太郎

右指定代理人

川勝隆之

外一八名

右訴訟代理人

高津幸一

主文

本件文書提出命令の申立てを却下する。

理由

第一申立人(控訴人。以下「控訴人」という。)らの申立て

一文書の表示

四国電力株式会社が作成した伊方発電所一号炉の運転や定期点検に関する規定。但し、左記表示によつて特定しうる各文書の原本若しくは写。

伊方発電所原子炉施設保安規定

伊方発電所保守要則

同保守総括内規

同保守作業内規

同運転要則

IU運転定期点検内規

その他関係規定

二文書の趣旨

運転員の操作を含む原子炉の運転管理上の安全性を担保するとされるもの。

三文書の所持者

相手方(被控訴人。以下「被控訴人」という。)

四証すべき事実

本件原子炉の運転管理が極めて不充分なものであり、運転員の操作ミスによる事故の発生が避けられないものである事実。

五文書提出義務の原因等

1  民事訴訟法三一二条一号

民事訴訟法三一二条一号に規定する「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため、特にある文書の内容と存在を明らかにすることを指す、と解するのが確立した判例(東京高裁昭和四〇年五月二〇日決定・東高民事執一六巻五号九五頁、その他多数)であり、その文書には、原本のみでなく写も含まれると解するのが判例(浦和地裁昭和四七年一月二七日決定・判時六五五号一一頁)及び学説(斎藤秀夫・判タ二八三号九四頁)である。被控訴人は、準備書面において、前記一の文書(以下「本件文書」という。)が伊方発電所原子炉の運転管理に係る事項を規定してその安全確保を担当している旨再三主張し(例えば準備書面(二)二四頁、三六頁、同(四)五頁など)、本件文書の存在と趣旨内容を明らかにしている。よつて、本件文書は、民事訴訟法三一二条一号の文書に該当し、かつ、本件審理のうえで不可欠である。

2  文書の所持者の意義について

民事訴訟法三一二条にいう「文書ノ所持者」とは、提出を求められた文書を現実に握持している者のみに限局すべきものではなく、社会通念上文書に対して事実的支配力を有していると評価できる者をも包含し(福岡高裁昭和五二年七月一二日決定・判時八六九号二九頁)、あるいは、いつでも事実上文書を自己の支配に移すことのできる地位にある者を包含する(注解民訴法(5)一九二頁)と解するのが判例通説である。これを本件についてあてはめれば、本件文書はいずれも伊方発電所原子炉設置許可処分手続に際して許可申請者である四国電力株式会社から提出し、被控訴人はそれを根拠資料として許可処分をしたものであり、さらに本件文書は原子炉の運転管理を担保する資料(被控訴人準備書面(二)三六頁)と目されているというのであるから、このような文書の性格に照らし、また、被控訴人と四国電力株式会社との関係を考慮すれば、被控訴人は、事実上本件文書を自己の支配に移すことのできる地位にあると社会通念上考えられる。よつて、この趣旨からも被控訴人に対して文書の提出を求めるものである。

第二被控訴人の意見<省略>

第三控訴人らの反論<省略>

第四当裁判所の判断

民事訴訟法三一二条一号が、当事者が「訴訟ニ於テ引用シタル文書」につきその当事者に提出義務を課しているのは、当該文書を所持する当事者においてその存在を主張し裁判所に自己の主張が真実であることの心証を一方的に形成される危険を避けるため、当該文書を相手方の批判にさらすのが衡平であるという実質的考慮に基づくものであり、そうであるからこそ、その義務に違背した当事者に対し訴訟上重大な不利益を負わせている(同法三一六条)ものと考えられるので、かかる観点からすれば、右の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟においてその主張を明確にするために、文書の存在について、具体的、自発的に言及し、かつ、その内容を積極的に引用した場合における当該文書を指称するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、控訴人らの本訴請求は、原子力基本等の一部を改正する法律(昭和五三年法律八六号)三条による改正前の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)二三条一項に基づき内閣総理大臣が昭和四七年一一月二八日四国電力株式会社に対してなし、同五四年一月四日右改正法律の一部の施行に伴い同法律附則三条により被控訴人がしたものとみなされた伊方発電所の原子炉設置許可処分が違法であるとして、その取消しを求めるものであるところ、これに対する被控訴人の主張の骨子は、(一)発電用原子炉の安全確保のための規制は、第一に発電用原子炉を設置しようとする者は原子炉設置許可を受けなければならないこととされ(原子炉等規制法二三条)、第二に、その後工事に着手する際に、詳細かつ具体的な設計内容に関する工事の計画について認可を受けなければならないこととされ、(電気事業法四一条)、第三に、使用するに際しては、工事の工程ごとに行われる使用前検査に合格しなければならないこととされ(同法四三条)、第四に、運転開始に当たつては、事前に保安規定の認可を受けなければならないこととされ(原子炉等規制法三七条)、第五に、運転開始後においては、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならないこととされる(電気事業法四七条)など、段階的に行うこととなつており、本件原子炉設置許可は、右段階的規制体系の冒頭に位置するもので、それのみによつて自己完結的に安全確保を担保する関係にはないので、右許可に際しての安全審査の対象は、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に限られるのであつて、原子炉施設自体にかかわらない事項はもちろんのこと、原子炉施設自体にかかわる事項であつてもその細部にわたる詳細設計や実際の運転管理上の事項等は、その対象とはならず、右の第二以下の段階規制に服すべきものであるから、本件訴訟における審理の対象は、四国電力株式会社の本件原子炉設置許可申請が原子炉等規制法二四条一項各号所定の要件を充足しているとした被控訴人の判断、とりわけ、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が災害の防止上支障がないものである(同項四号)と判断した被控訴人の安全審査に明白な不合理があるか否か、である、(二)いわゆるTMI事故(昭和五四年三月二八日米国ペンシルバニア州のスリーマイルアイランド原子力発電所の二号炉において発生した放射能漏洩事故)は、今後の発電用原子炉の安全性に係る問題を考えていく上で重要な意味をもつ出来事ではあるが、同事故の原因は、設計の不備、設備の故障又は運転員の誤操作のいずれかであるか、あるいはそれらが重なつたもの、換言すれば、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項にとどまらず、その詳細設計に係る事項、更にはその運転管理に係る事項等、安全確保対策の様々な段階に属する種々の事項があるところ、同事故との関連において問題となる各設備ごとに、本件安全審査において確認したところに基づいて対比検討すれば、本件原子炉と右二号炉は、基本設計ないし基本的設計方針に相違があるため、本件原子炉では、同事故の原因となつたような異常事象は発生しえないことが明らかであり、加えて、その異常事象あるいはそれに類する事象を想定した場合においてもその安全性は十分確保されることが明らかであるから、同事故は、本件原子炉の安全性、本件安全審査の合理性に何ら影響を与えるものではない、というものである。

そして、被控訴人は、右主張を基本とした詳細な主張を展開しており、その中で、(イ)四国電力株式会社が作成した本件原子炉の運転や定期点検に関する規定によれば、保守作業のチェック管理システムが整備されているので、本件原子炉においては、TMI事故においてみられたような補助給水系の作動失敗が起こることは考えられない、と述べ(昭和五四年六月二五日付準備書面(二)の二三頁から二四頁にかけて)、(ロ)次いで、運転員の操作を含む原子炉の運転管理に係る事項は保安規定等によつて担保されるものである、と言い(同準備書面の三六頁)、(ハ)更に、本件原子炉の補助給水系の検査や補修作業につき規定しているものは、本件文書(「その他関係規定」なるものを除く。)である旨言及している(昭和五四年九月二六日付準備書面(四)の五頁)。

しかし、記録に徴すると、右(イ)は、TMI事故における補助給水系の異常と本件原子炉とを対比検討する中で、本件安全審査においては、たとえ主給水が喪失したとしても補助給水系によつて十分給水が確保されることを確認している旨主張したことに関し、念のために触れたものにすぎず、また、(ロ)は、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象が原子炉施設自体に係る安全性に限られており、その運転管理に係る安全性については、原則として、右許可に後続する処分である前記(一)の第四の段階における保安規定の認可に際し審査され、かつ担保されるものであることを、一般的、概括的に述べたまでであることが、明らかであり、(イ)(ロ)のいずれにおいても、本件文書の存在ないし内容について具体的、積極的に言及しているわけではなく、本件文書を前記(一)(二)の主張の主たる根拠としているわけでもない。そして、右(ハ)は、控訴人らの求釈明に応じ、これに対する釈明として、消極的に本件文書(「その他関係規定」なるものを除く。)の存在について言及したにすぎず、その内容を具体的に明示しようとしているわけではないことが、記録に照らして明らかである。

したがつて、被控訴人は、本件文書の存在について具体的、自発的に言及し、かつ、その内容を積極的に引用しているとはいえず、本件文書の存在と趣旨によつて自己の主張を裏付ける証拠に供しようとするものでもないとみられる。

よつて、本件文書は、被控訴人が本件訴訟において引用した文書に該当しないので、控訴人らの本件文書提出命令の申立ては、その余の論点につき判断するまでもなく、理由がないから、主文のとおり決定する。

(宮本勝美 山脇正道 礒尾正)

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